水戸メガモール騒動と中心市街地。
皆さんこんにちは。川崎アツシです。

水戸の街を2年以上にわたり揺るがしてきた水戸メガモール計画は 結局、事業者による計画取り下げによって幕を閉じました。 年末から浮上をしていた黒い噂、そしてもう一方の事業者であり 今回の計画の「信頼」の根拠の大きな部分を占めていた双日の撤退。 いったいなんだったんだろうという感じがいっぱいです。

正直申し上げて当初の触れ込みであった「日本最大級」「東京ドーム7個分」 という言葉に、水戸の街の閉塞感を打ち破ってくれるのではないかと 期待をした市民の皆さんも多かったこととおもいます。私もある意味に おいてはその一人であった事を率直に認めます。ただ、それにしても 計画の甘さに対しての危機感が募っていったということが私の反対の背景に あります。

アミューズメントゾーンの縮小、パチンコ屋とスロットしか残らなかったこと そしていつまでたっても決まらないキーテナント、それにもかかわらず 売り上げ見込みが年額300億という根拠のない見積もり。何もかもが あやふやで、子どもたちの生活環境や道路渋滞に与える影響の問題以前に 前提条件が最後の最後まで揃わなかった。

何かを作ればよい、何ができるかわからないといった状況で、私たちは この計画を目をつぶって認めるというわけにはいかなかったのです。

もちろん、現状の中心市街地に満足をしているのではないし、むしろ これまでの施策の評価なしに厚塗りされていく支援策では今後も効果は 得られないのだろうとおもっています。一旦立ち止まって、このまちの 市街地が抱える課題を検証し、ゼロベースで市街地活性化策を作り直す 時期が来ているようにおもいます。

そしてもう一点、私たちはこの水戸の10年、20年先の姿を描かなければいけない時期に来ています。県都・商都という位置にあぐらを書いてきた過去。その結果この街には雇用を支える産業が育っていません。大変難しい課題ではありますが、産学官の連携をはじめとする新規産業をどう起こすのか、大洗や東海のエネルギー産業やつくばの最先端技術などを睨みながら真剣な議論を始めなければならないと警鐘を鳴らし続けています。

ショッピングセンターの出店や撤退で、街が右往左往していること自体がそもそも問題なのですから。
水戸市第五次総合計画が策定されます。
10年先の街の姿を想像できますか?
皆さんこんにちは。川崎アツシです。
私が市議会議員に立候補するときに街頭で訴えてきたこと。それは「第5次総合計画」に
次世代の声を反映させたいということでした。
いよいよその総合計画の策定作業も大詰めを迎えようとしています。

前回の「4水総」はまさにバブル期の余韻の中で策定をされたものでしたので、大規模開発を軸としたそれはそれは派手なものでした。それと比較をすれば今回の総合計画は規模も半減。厳しい地方財政の中では、ある意味で言えば現実的な線を引いていると言ったところであると思います。もちろんこのこと自体は今の時代背景から言って仕方がないこと。理解のできる方針です。
しかし、そこにそれでも「夢」をいかに感じさせることができるか、市民がこの街の未来を
希望を持って見つめることができるか・・・このことは実はとても大切なことなのではないでしょうか。年金の不安、どんどん次の世代に回される借金のツケ、厳しい就職の状況、そのことに起因する少子化の問題・・・私たちの世代はこの国に、この街に夢を持つことができるのでしょうか。

今本当に必要なのは、選択と集中です。この街が何で食っていくのか、何を都市の魅力として都市間競争を勝ち抜いていくのか、今こそ政治がそのビジョンを示さなければなりません。
これまでの行政は「公平」「継続」を大切にしてきました。もちろんそれ自体は必要な観点です。しかし、補助金などをあまねく公平にばら撒き、それを継続させてきたことが長期的には地域ごとの個性を奪い、体力を蝕んできてしまっているように思えて仕方がありません。今こそ政治の決断で本当に必要なところに戦略的に資材を十分に投入していくことが
求められているのではないでしょうか。そしてそれらはそこいる市民、住民のやる気を元に
がんばる人、がんばる地域を思いっきり応援してあげられる行政であるべきです。

メガモールをめぐる一連の議論は、まさに都市のあり方をどう考えるのかという哲学が問われています。中心市街地の活性について今までの施策で本当にいいのかという見直しを迫っています。
最近の市内の動向を見ると、独自の知恵を絞り商店街やNPOなどが独自の動きをはじめています。まさに行政、オカミ任せでは駄目だという危機感による動きであると思います。こういう動きこそが厳しい時代を勝ち抜く「市民協働」の第一歩なのではないでしょうか。
総合計画では過去を見直し、再編成をする中でこのような動きをしっかりとフォローをしていける選択と集中の行政へと脱皮をしていく必要があります。

この街を次の世代へ引き継いでいくために、次の世代がこの街を選択する事ができるように、次世代にとって魅力を感じる「ひとづくり」「地域づくり」へと力を注いで生きたいと思います。
参議院選挙終了
県内で民主党が比例第一党に。
参議院選挙が終了しました。多くの県民市民の皆様のお力添えで、比例区においては
自民党38万票に対し、民主党は41万票。自民党王国と言われるこの茨城県でさえも、いよいよ民主党と自民党の大逆転が起こりました。

選挙区においては、自民党の岡田さんには及ばなかったものの、郡司彰さんが目標得票数を16万票上乗せし、47万票にも及ぶ大量得票で2期目の当選をさせていただきました。
簡単に分析をすれば、
【岡田さん】
 選挙区 583,471票 ≒ 比例区 自民383,263+公明203.027
【郡司さん】
 選挙区 477,948票 ≒ 比例区 民主413.495+風がふいた!

と言ったところでしょうか。この結果から見れば民主・自民の二大政党対決に勝ち、自公連立に敗れたというのが本当のところであると思います。

さて、この選挙戦、自民49民主50とマスコミ等によれば「民主勝利!」ということになるのでしょうが、私たちはこの場所で満足をしていてはいけないのだと強く感じています。特に、ここ茨城県においては「自民党に票を入れない」ということに対して非常に勇気のいる土壌が根強く残っています。今回については年金問題、イラクとある意味で言えば敵失があった上で、突風が吹いたからこそ「赤信号みんなでわたれば怖くない」と有権者が雪崩うち、なかなかの成績を収めることができたのですが、これは実力ではまったくありません。

私たちは選挙戦でいつも「変えたい」その気持ちの受け皿は「民主党」でしかないと訴えます。それは政権交代こそがこの国を再生させる唯一の切り札であると強く信じるからです。この信念は揺らぐことはありません。しかしながら、その真意はいったいどこまで国民の皆さんに伝えることができたのかと言えば、多くの反省をする必要があると思っています。
「政権交代」は単なる現在の政権への批判の具体的なカタチではありません。小泉さんが駄目だから民主党にやらせてみろと言うことではないはずです。

もっと私たちは政権交代の先にあるこの国のカタチを皆さんにお示しをする努力をしていかなければならないと感じます。今、この瞬間風速の強い時期にしっかりと説明をし、ご理解を深めていただき、多くの方々に本物の民主党の力になっていただけるように、この茨城でも従来の党のあり方を見直し、新たな挑戦を始める必要があると強く感じます。
もっと多くの方々が参加する、労働界だけでなく、経済界も、農林水産業そして市民全体を巻き込んだ、日本と言う「国」と「地域」の誇りを大切にした国民政党へと脱皮を図っていかなければなりません。まさにこれから、民主党の力量が試されています。

もうひとつ!投票率全国最低の汚名をこの茨城県は今回も晴らすことができませんでした。特に若年層の投票率の低さは目に余るものがあります。この点において、「市民と政治の距離を縮める!」と叫んできた川崎アツシまたも敗北です。そんな僕らは「政治と宗教はやばい」と本気で刷り込まれてきた世代です。まったく、こんな日本に誰がした!チラシをまいても受け取ってもらえない。。。そんな人に限って「政治は誰がやっても同じ」と言う。。。出口の見えない「責任転嫁国家」ニッポン!!!本気で公職選挙法の改正、選挙権の低年齢化、学校教育のあり方の見直しをはじめ大手術をしないと、この国の民主主義がぶっ壊れます。真剣な取り組みを始めたいと思います。
当選から一年。
感謝の心で原点に帰る。
2004/04
皆さんこんにちは。川崎アツシです。

水戸市議会議員として皆さんに押し上げていただいてから一年が経過しました。この間、初めての「議会」というところで無我夢中で走り回ってきましたが、一年たった今も正直のところ何が進んだのか、何が変わったのか、自分に何ができるのか、何をしてきたのかまったく見えていないといったのが本音なような気がします。この点、まだまだ未熟であることを率直に反省しなければなりません。

とはいえ、皆さんにいただいた「議員」という立場は僕に大きな出会いやチャンスを与えてくれています。様々な勉強の輪に誘ってくださる方々、
そこにできた新しい人と人のつながり・・・僕自身は選挙のときに「人と人をつなぎ、知恵と知恵をつなぐ・・・そこに元気の源がある」と訴えてきました。政治はこの町の未来に向かって「決断」をすることこそ一番の大きな役割であると思っていますが、そういった「つなぎ」の役割を果たすこともひとつのカタチであるということを、今、確信しています。

この僕たちの「水戸」が抱えている最大の問題は「若い人材の流出」であると思います。そのことへの問題意識が、僕にこの町へ帰ってくることを促し、さらに市議会議員への立候補へと駆り立てました。

地方の時代が叫ばれながら久しいわけですが、結局のところいくら権限や財源が委譲されても地方にそれを使いこなす底力・・・すなわち人材がいなければ都市競争に打ち勝つことはできません。魅力ある地方都市を築いてていくことは到底かないません。

そのためには若年雇用の問題、居住環境の問題、子育ての支援等々次世代に向けての政策を一つ一つ実現をしていくことが大切であることはいうまでもありません。
その上で、今、この街に必要なのは「成功体験」であると考えています。若い人材にチャンスを与え、街ぐるみで応援していく、そのような中で若者と地域との接点や絆のようなものを構築する・・・「人と人の世代を超えたつながり」は僕が懸念している「人材流出」を食い止める有効な手段となりうると信じています。

ルーズソックスの発祥の地といわれるこの水戸。
そして何よりも幕末の若き志士達を育てた歴史のさきがけ水戸。

新しいもの、若い人、挑戦者たちに思いっきりチャンスを与え、街ぐるみで応援できる環境を作っていく必要があると思っています。
そういった角度から街を眺めれば、中心市街地の空洞化の問題もかえって「チャンス到来!」という風にさえ、僕の目には映ってきます。

一年を振り返り、今、原点に立ち返っています。
今後も皆さんからのご指導をよろしくお願いします。
バングラデッシュで見た、市民による街づくり。 2004/03
皆さんこんにちは。川崎アツシです。

長い間、更新を怠ってきました。申し訳ございません。
今、ちょうど三月議会が開会されています。平成16年度予算審議が
行われ、本年度の事業計画等について市長から示されています。
水戸市の一般予算は総額で812億3086万8千円。これは前年度比6.7%の増。 しかし、減税補填債の借り換え措置の影響を受けることによる増加であり 実質の予算規模は760億1096万8千円、前年度比0.1%減です。大変厳しい財政難の折、メリハリのついた事業への投資が必要です。さらにその上で、事業評価を徹底し成果主義の予算運営でなければなりません。詳細についてはメルマガで紹介しました。バックナンバーを確認してください。

さて、先月末から一週間、教育視察団としてバングラデシュを訪れました。インドの東側、ガンジス川の河口域に広がる国で、日本の国土面積の4分の1。人口規模は日本と同程度ということです。
首都「ダッカ」に降り立つと、さすがは世界最貧国のひとつ。乳飲み子を抱えた女性や子供たちが「生きていくためにお金を下さい」と沢山の手を差し出してきました。ダッカ市内も人とオンボロ車、そして「リキシャ(人力車)」でごった返し、土ぼこりの舞う雑多な風景。スラム街も多くストリートチルドレンとして生きる子供たちの姿はテレビで見るよりも印象深いものでした。
ダッカ市内ではそのような子供たちのための学校や保護施設を見学し
、現状を目の当たりにしました。また、農村部では村の生活と教育現場を見て歩きました。英語教育に熱を入れている様子には驚きを覚えました。義務教育を受け、さらに高校大学と英語を学んだ僕たちよりも流暢に英語で会話をすることのできる現地の子供たちから僕たちは学ぶべきものが沢山あります。

これらの学校や保護施設、村に至っては井戸の問題や水洗トイレの普及、簡易的な銀行のような制度、農業振興などなどはそれぞれ現地のNPO的組織と国際NGOが協力して運営を行っています。そしてそれらのNPOはバングラ国内の雇用の大きな受け皿ともなっています。高学歴の人は国の役人になるか、このような組織で働くことが多いとのこと。

「国や政府には期待しない。自分たちのことは自分たちでやらなくてはいけない」という村人たちに僕は強さを感じました。

日本は、これはむしろありがたい話なのですが安定した政府や行政が公共の役割を全てになってきました。しかしながらその一方で、国民、市民から「自ら生きる力」をそいできてしまったようにさえ思います。近年NPOをはじめとする市民団体と行政との協働が全国各地で叫ばれ、市民力の強化を図るべきだという声が大きくなっています。僕自身はそのこと自体歓迎するものだし、地方分権の流れの中で、さらには行政の財政状況の厳しい中で「市民力」に期待をしていく必要があると考えます。

バングラデッシュにおけるNPO、NGOの活躍はそういう市民主体の街づくりの原点を見せてくれているように感じます。公がなさねばならないことは何か、市民の力に委ねられることは何かを見極め、大胆な分業を図っていかない限り市民の力は育ちません。その視点を伴わず、ただ
NPO支援や民間活用をうたっているだけの行財政改革論議はただのお題目を唱えているだけに過ぎないのではないかと強く感じました。

おもいがけず、世界の最貧国から「市民の力」を学ぶ、そんな視察となりました。
「見る」「聴く」「言う」三猿もびっくりの2004年に。
皆さん、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

  昨年の1月9日(25歳の誕生日)に挑戦の決意を固めてから早一年が経過しようとしています。議員としての生活も9ヶ月がたちました。この間
3度の一般質問(登壇率100%)を通じて、執行部にさまざまな提案や追求を行ってまいりました。
  政治や行政は一朝一夕に変化をするものではないし、ましてや市民の生活の実感として変化を感じるに至るには困難な壁がたくさんあることは百も承知のつもりでしたが、正直申し上げて昨年は、そのことを理解しつつも焦りに焦って空回りをしていたのではないかとさえ思います。

  本年のスタートはその反省を原点に、自分自身の議員生活の新たなスタイルを創る、そのようなことをご来光を拝みながら心に強く思ったところです。

  「初めての提案ですので、今後の検討課題としたい」「国や県の動向・他市の動向を見定めながら・・・」などという言葉を、昨年は議会の中で何度も耳にしました。しかしながら、今、地方の時代といわれている中で
地方の底力とアイデアが試されている中では、より積極的でオフェンシブな取り組みが求められているものと考えています。
  水戸という町は全国的に知名度も高い、歴史を有する都市です。水戸学という哲学の概念も生きていますし、世界で2番目の広さを誇る千波公園をはじめとする「水都」でもあります。他の地域に比べれば財産が沢山あるにもかかわらず全てが塩漬けにされている。個性的な街づくりを進める素地はあるのに生かされていない・・・これが現状ではないでしょうか。
  より積極的で、アイデアを絞った個性的な施策を全国に先駆けてやる、「前例がないからやる」そういったシセイ(姿勢・市政)をこの2004年も求めていきたいと思います。

  その為には、僕自身の言葉の中に説得力が生まれなければなりません。自分自身の経験年数の少なさ、人生経験の少なさをカバーをし、より実感の伴った政策形成となるよう、本年は「見る」「聴く」「言う」と、「見ざる、きかざる、いわざる」の三猿もびっくりしてしまうような活動を展開していきたく思います。

  今年の初日の出は最高でした。あの太陽ひとつで「昼」にもなるし「夜」にもなると思うと、その偉大さにただただ感激をするばかりでした。暗いニュースでいっぱいの世界や日本ですが、あんなに美しい太陽が世界中のどこよりも早く昇った今年こそ、平和でよい年にしたいものです。
政治のリーダーシップを高める  2003/09/21
 9月の定例議会。18日に一般質問が終了しました。わざわざ、応援に来てくださったみなさん本当にありがとうございました。今回の議会でも思ったのですが、最近いくつかの市町村で始められた「日曜議会」の必要性を感じます。できるだけ多くの方が、議会を傍聴できる仕組みを創ること。市民と政治の距離を近くするために、当たり前のできることからはじめるべきだと思います。
  今回の質問の中身については、議会報告のページで触れさせていただきますが、6月議会9月議会と2つの議会を終えて、率直に感じていることは「政治のリーダーシップとは・・・?」ということでした。
  一般質問をするにあたって、質問通告を議長に提出し、その後、関係部局より質問とりを受け、担当課長に質問の趣旨などを細かく伝えながら市政への提案や注文をつけていきます。そのような調整を行ったうえで本番の質問にのぞみ、担当部長から答弁をいただくという一連の流れになります。質問にあたっては、60分の持ち時間のなかで、@質問A答弁B必要に応じて再質問C再答弁と、再質問は一度までと決められており、思うように追求ができず、今回も不完全燃焼で終わってしまったように思います。
 
   「検討します」「将来的に検討します」「取り組んでまいりたいと思います」「研究課題といたしてまいります」・・・これらの言葉は答弁の末尾によく使われる一文です。僕はかつて国会議員の秘書をしていたもので、よくこの手の官僚答弁について議員から聞いていたのは「要するに、今すぐはやりません」といっているも同然であるということでした。水戸の市議会でも「検討します」という答弁の4年後、同様の質問をしたら、前回とまったく同じような答弁であったような話も聞きます。
   同様に、答弁の内容についても不満が。IT関連、電子自治体の推進関連の話になるとどうも答弁の原稿作成者も含めて、最初から「できません」という否定的な姿勢に立った上で後からその理由付けをしているようにさえ聞こえます。先日文教福祉委員会で同僚の野村議員が課長さんたちに「この中でパソコンを普段から利用している方」と手を上げていただいたらほとんどが手をあげれない状況でした。パソコンが使えないから悪いとはいいません。世代較差もあるでしょう。でも問題は、その答弁作成に当たっての姿勢であるように思うのです。子供だましの理由付けで納得させようということ・・・納得なんかできません。

  「政治にはこれまでの行政を見直す役目がある」これは、松井孝治参議院議員の言葉です。長い時間と文化の中にある行政にはなかなかその市政や方針を思い切って変革していくことは難しい。先輩職員の方々の積み上げてきたものをそう簡単には崩せないし、行政自体がその独自の責任で様々な方針を変えていくことは許されない。だからこそ、なかなか前向きな、胸がスカッとするような答弁は聞かれない。だからこそ、市民の負託を受けた「政治」がそれ自体を見直し、方針変更を提言していく責任があるのだと思います。若手の職員さんのみならず、多くの職員さんの中にも縦割り行政の弊害や、組織そのものの限界を感じ、変えたいと思っている方々も少なくない。それらの方々の思いを「変える力」へと昇華させていくために、政治が背中を押すことが必要です。

  地方分権一括法のおかげで、地域ごとの地域によるまちづくりが認められるようになりました。今こそ、思い切ったまちづくりを前に進めるために、政治の「リーダーシップ」と「責任」で、これまでの行政主導型を改める取り組みをしていかなければなりません。
  スピーディーでメッセージ性の高い行政を推進するために、市長のリーダーシップを高めるプロジェクト制の導入をはじめ、仕事をするにあたっての枠組みから変えていく必要を感じています。「市長」がやりたいことをやれる環境、それに対して「議会」がチェックをする、提案をするシステムの充実を図らねばなりません。

  政治に誤ったことがあれば、市民は「選挙」を通じて直接的に責任を問うことができます。一方行政に直接責任を求めることはできないのですから、政治のリーダーシップを高めていくことは市民主導のまちづくりにむけて当然の論理だと思います。
次世代育成に向けての取り組みを! 03/08/19

 本年6月に「次世代育成支援対策推進法」が国会で可決されました。これをもとに、全国の自治体は17年3月までに少子化対策を基礎とした行動計画の策定が義務付けられました。水戸市ではこれらにさきがけ、モデル自治体として本年度中に行動計画を策定することとなります。現在、私が所属する「少子化対策委員会」ではこの行動計画の策定に向けての審議を行っています。


◆1.32という衝撃的な数字・・・これは女性一人が一生のうちに生むお子さんの数。年々減少していくこの数値は将来的にわが国の人口が半減するということを示しています。1億2千万人いる今の日本の人口も100年後には6000万人にまで減少してしまうという統計もあるほど深刻です。このような現実を目の前にして国も地方もそして企業も真剣に取り組もうと腰を上げました。

◆僕は現在水戸市議会文教福祉委員会に所属しています。その中でも
公募による市民の方々や学識経験者の方とともに「少子化対策委員会」を結成し、水戸市の今後の対応について議論を重ねているところです。少子化といっても未婚の僕にはなかなか微妙な話題なのですが、むしろ「これから結婚する世代」としての生の声を議論の中にぶつけていこうと取り組ませていただいています。

◆議論の中心は子育て支援、家庭教育・生活教育などの充実・労働環境の整備などにあります。確かにこれらのことはこれからの少子化対策を考える上でも基礎の基礎。大切な視点です。でも僕は、これでは何かが足りないと思うのです。そう、少子化の前提には「結婚」があります。厚生労働省の関連機関でも少子化の要因のひとつに晩婚化などをあげています。もちろん、ライフスタイルの変化が密接に関連しています。

◆ただ、僕は「結婚」や「出産」を阻害する要因の一つに社会不安・社会に対する無知などを捉えることなしに、これらの議論はできないと思っています。結婚するということはどういうことなのか、子供を生んだらどれぐらいのお金がかかるのかという直接的なものから、フリーターだから将来が不安だ、年金や社会保障って言うのはいったいどうなっているのだろうという情報過疎・・・先輩世代からは想像もできないような「当たり前」に対する不安が、僕たち世代を次のライフステージに導く「壁」となっているといえるのだとおもいます。僕たち世代は、親や地域との接点が著しく少ない世代だといわれています。ある意味では未完成のまま社会に放り出されてしまっている面も否めません。

◆「少子化対策」は今現在「親」である人や、これから育っていく「子」の世代には有効なプログラムを準備しています。しかしながら、まもなくこれから社会人になる世代、結婚する世代、子供を生む世代については政策的に欠落をしているといわざるを得ません。これはほかの施策についても同様で、まさに私たち世代は政策のエアポケットに吸い込まれてしまっています。その一方で地域からの同世代若い層の流出が進み、結果的に地域のピンポイント的な高齢化が進んでいます。

◆僕は今こそこのまちに次の世代が残ることのできるための施策の実現に取り組まなければならないと考えています。就職・労働の問題や社会を生きるノウハウについての学びなおしの機会作り、残りたいと思えるまちづくりなどやるべきことは山積です。

◆この法案、行動計画が「次世代育成」という看板を掲げる限り、僕はこれらの視点を議論のど真ん中に投げ込み続けます。水戸市だからこそできる重要な取り組みであると信じています。
一般質問に挑戦しました!!2003.06.23
みなさん、こんにちは。川崎アツシです。
6月議会(平成15年第二回定例議会)が6月13日に開会され、2週間の会期を終えます。今議会は新議員にとっても市長にとっても初めての論戦の場ということもあり、本当に多くの議員が登壇をし、市長はじめ執行部の姿勢について質しました。

特に市民のあいだでも話題になっている、「(仮称)水戸メガモール建設問題」や「泉町大工町再開発計画」そして、市長の選挙公約でもある「水戸50万人構想」と関連し、「市町村合併」へと質問が集中しました。また、市長の口から「企業内託児所を支援、推進し、子育てと労働環境を整える」旨の想定外の答弁が飛び出すなど、私にとって初めての議会は活気に満ちてようにも感じますが、その一方で執行部当局の答弁のほとんどが「検討してまいります」と・・・「あぁ、こういうものなのか」と改めて認識をしたところです。

さて、私は今回の質問に先だち、私たち世代は「バブルを知らない世代」であると述べました。
気づいたときから、まわりの大人たちは「不景気、不景気」といってきて、その言葉が刷り込まれて育ってきました。就職についても超氷河期・・・むしろそれが当たり前でした。かといって、アルバイトさえしていればとりあえず「食う」に困らず、何がどう不景気なのかまったく実感のない世代が私たちです。
併せて「大人のいない社会で育った世代」であるとも述べました。
核家族、共働きといった社会が当たり前の中で育った私たち世代の地域からの遊離が、今、指摘をされています。
 
水戸市には2000億円を超える借金があります。全国では700兆円を超えます。ツケを払う世代として、この借金をどう減らしていくのかというのは非常に注目をせざるを得ません。しかしながらこれだけでは、結果、対処対策に終われる政治から脱しえません。政治が「夢」を語らなくては、とは、私が選挙前から基本的な考え方とし、訴えてきたところです。

リストラクチュアリングのみに終始せず、積極的に戦略的に攻撃的に未来への投資を行うこと。優良なタックスペイヤーを将来的に確保するためにこのまちの魅力を創出するといった姿勢を怠ってはいけないと思います。財政再建に向けての取り組みは、歳出の抑制との未来への投資をセットで展開していかなければなりません。そのためには、この「新しい世代」の街への参加が不可欠であり、その為の行政努力「知ること」「話すこと」「一緒に行動すること」が強く求められているのだと思います。
◆みなさん、こんにちは。川崎アツシです。
偕楽園の観梅はもう見ごろ過ぎですが多くの観光客にお越しいただき、また、県北の金砂郷地域では72年に一度の祭事が催され、近頃茨城は元気です。

◆最近、水戸市内を駆け巡りながら、多くの声を戴くようになりました。先日もボランティアの仲間たちと一緒に駅頭でキャンペーンを行い、道行く人々から今の世の中についてのご意見やご指導をたんまりと戴いたところです。本当にこうして地域の方々、それも世代を越えた繋がりの中で学ばせていただいているこの環境に感謝をいたすところです。

◆今日は「地域の元気」について考えてみたいと思っています。

◆「地方の時代」といわれます。すなわちそれは東京一極集中型・中央集権から脱却し、財源や権限を大幅に地方自治体へと移譲するといった大枠での仕組みの転換と同時に「地方の底力」が試されている時代です。では、「地方の底力」とはいったい何か?その答は「人」にあるとこんな時代だからこそ言えると思っています。

◆しかしながら、地方自治体の多くが抱える問題の一つに「人材の流出」というのが上げられます。「この水戸ではやりたい仕事がないから」「就職がないから」「面白くないから」と多くの若者世代が東京や大阪に出て行って帰ってこない。結果として僕らと同世代の住んでいたニュータウンなどはお父さんとお母さんだけが残されて、さてこの先どうなってしまうのかなと心配になります。それと同時に昼間の住宅地では、多くのご家庭が共稼ぎという現状、さらには核家族化の加速された流れが地域から「大人」の存在を消してしまっています。そういった意味で「人材流出」とは都会への流出と職場への流出という二つがあるように思います。

◆NPOやボランティアというものが、地方の時代の新しい活力として注目されています。僕なんかも活動していて強く感じるところですが、これらの活動の主体はリタイヤされた世代の方々と学生たちなどといった、現状の社会でのまさに主力と言われる方々はなかなか参加できないといった側面があります。

◆とはいえ、それらの家庭・職場(学校)につぐ第3の生活環境こそが、地方の底力となることはきっと間違いない。そこには新しいアイデアがたくさん埋もれているし、また水戸市でも2000億円を超えるという借金のなかでそれでもなんとか節約して地域運営をやりくりしなければならない中で市民の皆さんから「金」ではなく「力」をだしていただき、公園やゴミ問題など住環境の整備・地域教育などを行政任せではなく、それぞれの地域でおこなうことでそのフォローアップをしていくことが大切になると思っています。

◆これからの行政にはそのような人材を「確保」し「育成」することが強く求められます。そしてその為には労働環境を含めた地盤整備が必要であることはいうまでもなく、同時に茨大や常盤大などに全国から集っている学生たちや県下から集まってくる高校生も含めて「水戸に残ってもらう仕掛けづくり」さらには、一旦外へ出てしまった人々もが「水戸へ帰ろうと思ってもらえるきっかけづくり」に力を注いでいかなければなりません。そのためにはもちろん「魅力ある都市づくり」が第一歩です。

◆時代の転換期、そして来る地方の時代。やはり新しい価値観が求められている気がしてなりません。
◆みなさん、こんにちは。川崎アツシです。おかげさまで毎日元気に、水戸市内を飛び回らせていただいています。とにかく、人にあい、自分の思いを伝えて回ること・・・これしかありません。その過程で、高校の時の校長先生や卒業以来あったことのない同級生、そしてずっと前の世代の先輩方などに会うとこれ以上の喜びはないというぐらい嬉しく思います。まだ出会っていない皆さん、是非お会いしたいです。連絡下さい。

◆南町のとあるバー、お店の中にはとんでもない数のレコードが並び、薄明かりの中SOULFULな音楽がビートを刻む。「若い人の溜まり場」そんな言葉がぴったりと当てはまる、僕のお気に入りの場所でもある。

◆「こいつ、俺の後輩なんだけど、今度政治家なんか目指しているへんな奴なんだ」
そういって先輩は僕を店のなじみの客たちに紹介してくれた。すると20-30代の客たちは僕にいろいろなことを話してくれた。

◆夜の店を経営している20代。ここ数ヶ月で更に売り上げが減って大変だと嘆く。「ナンデ?」と聞くとすかさず「検問の多さ」と答えた。
「もちろん飲酒運転はヤバイけどよ、こんなに響いちゃうとどうなんだっぺって思っちゃうよな。」「じゃ、どうすりゃいいんだと思う?」「バスが欲しい。
1時間に1本でいいからさ、深夜2時くらいまで市内を循環するバス。」なるほど、そりゃそうだ。車がないと生きていけない水戸でゆっくりお酒を飲もうと思ったら車のことは大問題なのである。すかさず、隣にいたプログラマーの20代の女性が「水戸はさ、大きい会社があるわけではないからね。飲み屋とかのサービス業がまずは元気にならなければ行けないと思うんだ。」

◆駅南で飲食店を営む30代男性。「若い人が新しいことを始めようと思っても水戸は厳しいんだよね。だから出来る奴はみんな外に逃げちゃう。」
新しく店を出して街に活気をと思っても、家賃が高い。更には若いから「信用」がなく敬遠される。アイデアがあっても実現できず、硬直化した街は死んでいく。

◆「ほらこの店もさ、こうやって若い奴がたまっているだけで酒飲んで、タバコ吸っているだけで『この店はヤバイ』『若い奴らは何すっかわかんねーからおっかない』っているレッテルを張られている気がするんだ」新しいものは確かにその形が見えないから不安だ。でもどうなるか分からないからワクワクする。可能性がそこにはある。「やりたいと思ったことができて、それを地域が認めてくれれば俺らも地域に溶け込めるし、水戸ももっとおもしくなる気がすんだけどな。」

◆やっぱり、ボクラノ世代も自分のやりたいことを通じて街に参加することを望んでいる。鍵は、街がその「不安」を「ワクワク」として捉えなおし、それを楽しむことが出来るか否かだと思う。ここに渦巻いているパワーを無駄にするほどもったいないことはないなと心から思った夜だった。
◆みなさん、こんにちは。川崎アツシです。今年はインフルエンザが猛威を振るっています。みなさん、お気をつけ下さい。

◆さてさて、このたび、7年間お世話になった京都を離れ、故郷茨城の県都水戸へと帰ってまいりました。この決断に至るまでは、本当に本当に悩みました。そしてまた、決断の後も、いざ京都を離れる日が近づくにつれ、えもいわれぬ・・・なんていうのかなぁ・・・身を切られる思いをいたしました。25年の人生の中で、これほど苦しい決断はないだろうというくらい。

◆高校卒業以来、僕の生活の拠点は「憧れの街・京都」へと移りました。一人暮らしという自由のなかで西へ東へ飛び回り、とにかくいろんなことを学ばせていただいた時間でした。京都の街は、さすが千年の都、足元を掘り起こせば多くの刺激・・・それも教科書で見たようなものがホンモノとして存在していました。発展途上の自分自身にはもってこいの最高のフィールドがそこにありました。

◆さらに、この7年間、僕の周りには本当に多くの「人」がいました。このたくさんの人に支えられ、刺激を受け、また自分自身では体験できないことを聞きながら疑似体験をし、まったく違う個性をぶつけ合う中で新しいアイデアを発見し・・・とにかく、人と人のつながりの中で自分自身は大きく成長をしたのだと思っています。本当に心から大感謝です。

◆1月18日。京都まつり時代の後輩が音頭を取って、「追い出す会」を開催してくれました。そのときに、僕は一つだけわがままを言わせてもらいました。それは、京都まつりの仲間と洋上大学など他のなかまたちと、ジョイントで会を催して欲しいということでした。二日前の告知であったにもかかわらず述べ60人以上の仲間が集まってくれました。その席で、こう挨拶をさせていただきました。「人と人を繋ぎたい」。

◆僕は、人と人を繋いでいけばきっと元気なまちづくり、くにづくりができると信じています。僕は人と人の繋がるのなかで成長させてもらったし、自分の力をもらいました。これはまだ、成長しきっていませんが、自分と異なるものの立場、痛み、気持ちを感じていかなければならないという気付きもいただきました。大切なことは、そんなことの連鎖をはじめていくことだと思っています。コミュニティー崩壊の時代といわれますが、逆に言えばそういう時代だからこそ人はつながりを求めていると信じています。

◆地域も越えて、年齢も立場も超えて「あいつが頑張っている、おれも頑張ろう」なんてことがたくさんこの国に生まれれば、日本をあきらめないですむ、そう思っています。これからは水戸でその一端を作っていきたい、そして近い将来、今度は京都と水戸をリンクさせていきたい。その大きな一歩を今踏みしめています。

◆みなさん、こんにちは。川崎篤之です。本日、25歳を迎えました。25歳といえば、四半世紀。本当に長い間生きてきたんだなぁ・・・といってもなかなか実感は伴わないものです。25歳といえばまだまだ若いという感じもありますが、25年というととてつもなく長い時間のような気もします。

◆夢の履歴書。自らの人生を振り返った時、自分自身がどんな大人にな ることを夢見てきたのか、それはどんな影響からそういう思いに至ったのかそんなことを突き詰めて考え、思い起こしてみると、なんとなく自分が どういった人間なのか分かるような気がする。

◆僕の場合、逆流していくと弁護士だとか、アメリカ横断ウルトラクイズの司会者だとか、とにかくいろいろあるのですが、もっとも印象深いのは「宇宙刑事シャリバン」になりたかったということである。これは自分の夢の歴史をたどっていくと、最後の最後にたどり着く。そう、生まれて最初に見た「夢」といえるのだろう。

◆幼稚園生の時、いつも仲良し5人組はみんなみんな口を揃えて「大人になったらダイナマンになりたい」といっていた。僕は、その中の黒レンジャー(ダイナブラック)という役割分担であった。ある日、先生から、夢を絵で書こうという指導があった。もちろん、やっちゃんとかいつもの仲間は、ダイナマンを元気いっぱい書いたのだが・・・なんと僕はとっさにみんなを裏切ったのであった。そう、僕の画用紙にはシャリバンがいた。

◆シャリバンはダイナマンよりかっこよかった。5人揃わなければ敵に勝てないダイナマン(それも、2番目のブラック)より、1人でも戦っているシャリバンのほうがずっとずっとイケてるとひそかに思っていたのである。

◆25歳の誕生日の今日、そんなことを思いだした。これまでの茨城での18年間、京都での7年間、本当にたくさんの出会いをいただき、そのおかげさまで今がある。そして今ようやく、自分の夢の形を実現しようとしている。もちろん、そこで得た仲間はこれからも大切な宝であることはいうまでもない。そんなことは、その仲間たちがみんな分かってくれている。でも、ダイナマンじゃダメなんだ。ダイナマンよりも、シャリバンが5人いたほうがきっと強いに決まっている。

◆25歳、ゼロスタート。今年は新たな挑戦の年である。僕はやっぱりシャリバンになりたい。寂しいけれど、不安だけれど、でもシャリバンになりたい。

故郷、水戸で見た光景。地方主権の本格的到来の前にやるべきことがある。


◆みなさん、こんにちは。川崎篤之です。カレンダーは今年もラスト一枚。
大変あわただしい、師走になってしまいました。僕にとって、今年は松井孝治参議院議員の秘書卒業、近畿青年洋上大学への参加、松下政経塾への挑戦(残念な結果となってしまいましたが)など、本当に大きな変化の一年でした。年明けにはまもなく25歳になります。まさしく、けじめの年。我が人生もいよいよ第一の山場にさしかかってきたというところでしょうか。

◆茨城県議会議員選挙の応援に故郷水戸へと帰った。2週間半の茨城滞在は、大学入学以来最長のステイ期間。選挙を通じてのみならず、日々の風景からいろいろと考えさせられた時間だった。

◆選挙の結果は、惨憺たるもの。一言で言えば、京都と茨城の差をまざまざと感じさせられた。開票が進むにつれ背筋が凍るほどゾクゾクしたのは初めて。そうか、こんなに違うのか。政治への意識の差はやはりその町の風景なのか。

◆さて、政治意識の差はさることながら、街の光景にはびっくりの連続。この7年の間にかなり寂しい風景に変わってきている気が強くした。もちろん僕自身が京都や大阪、東京といった大都市で活動をしてきたため、その錯覚ということもできるかもしれないが、でも、それだけではないと思うのだ。駅前のシャッターの降りた商店街、高校生以外に若者のいない街、飛び込み自殺の影響で週に2回も電車が止まる常磐線、水戸の地価はここ数年で半額といった全国ワースト1位の落ち込みといった現状・・・。

◆「どこの地方都市も苦しい時期です」そんな言葉を聞いたのだが、政治はそんな無責任な立場にいてはいけないのではないか。この街の可能性の鍵を握っているのも、そしてこれまでの責任を取るのも、全て「政治」なのだ。信頼と実績などという昔ながらの政治家たちの「実績」とはいったいなんなのか。

◆平成の市町村大合併などとともに、地方の時代の到来が声高に叫ばれている昨今。しかしながら、同時に税収の問題など地方からの悲鳴も聞こえてくる。
「地方の時代」とはすなわち、「地方の力が試される時代」なのである。これまでの馴れ合いの地方議会が先送りにしてきた諸問題のツケが一気に表面化してくるそんな時代でもある。

◆とはいえ、僕は「地方分権推進論者」である。大切なことは、その地方の時代をにらみ、この地域をどうして行くのか、この地域の可能性は何か、売りは何かきちんと見出し、さらに諸問題も隠さずに住民に対して明らかにし、市民とともに新しい絵を描くことである。同じ夢を見ることである。いま、この分権時代は
「役所の力」が試されているのではない。「市民を含めた地方の底力」が試されているのである。

◆政治の役割は、まずはその土壌を作り上げることにある。情報公開はもちろんのこと、人と人をつなぎ夢を語り、夢をつなぐ。地方の元気のカンフル剤となっていくことである。コミュニティー崩壊時代。その再生が今求められている。もちろんその作業には、21世紀世代の果たすべき役割が大きいことは言うまでもない。若者のいない街に未来はない。

(写真は日本三大庭園のひとつ偕楽園。水戸には公園都市の可能性があると思う)

◆この夏、近畿青年洋上大学に京都府団長として参加した。京都、大阪、兵庫、和歌山、滋賀、奈良、三重、福井、徳島と、近畿2府7県から400人の仲間とともに12日間の船の旅。この旅で得たものは数え切れないが、ただ一つ強いてあげるとすればそれは「仲間」である。

◆18歳から35歳という一つの世代、21世紀世代がつくったネットワーク。地域や職業、立場を越えてつながった。それは短いひと時ではあったがまるで家族のように同じ釜の飯を食い、感動を共有したことによって生まれた絆。船を降りた今もそれぞれがそれぞれの地域で(留学で海外に出たもの、日本全国へ散らばったものも)それぞれの生活を営みつつ、つながっている。

◆社会をつくるということ、それが政治の最大の仕事であるとするならば、一番大切なことは人と人のつながりにあると思う。人と人がつながり地域を作り、国を作る。人は万能ではないからこそ、個性と個性、才能と才能、技術と技術のパッチワーク、すなわち人と人のネットワークを築き、チームワークの中で様々な社会問題に対処していくことこそが21世紀世代の大きなテーマである。「自分サイズで社会のこと」そんな仲間のネットワークをこれからさらに大きく強くしていくことこそが大切なのだ。

◆それと同時に異なる立場のものを「想像」する力も必要だ。偏見・差別の問題を出すまでもなく、最近の社会問題の根源にある『モラルハザード』はまさに、自らと異なる人の気持ち、痛みなどへの配慮、想像力の欠如に所以する。偏差値教育が生み出した「輪切型分離社会」は異なる環境の者との距離を大きくし、異なる価値観のものとまったく接さずに生きる社会を作ってしまった。私たち21世紀世代は積極的に自らと異なる立場のものについて想像する力がもとめられている。共生の時代の大前提である。

◆船を降りた今、私たちの手元には大きなチャンスがある。立場を超えて何かを生み出すチャンス。お互いを新たな刺激で磨き上げるチャンス。このチャンスを与えられた私たちがまず率先して、洋大を基軸に21世紀世代のプラスのネットワーク作りを責任を持って進めていきたい。

水戸市議会議員 川崎アツシ